昨年の12月5日に放送されたクレヨンしんちゃん「謎のしんこちゃんだゾ」の回はYoutubeなどのおかげでネットで結構な反響があったようです。しんこちゃんの考察については当ブログでも以前にクレヨンしんちゃん 謎のしんこちゃん考察やクレヨンしんちゃん 謎のしんこちゃん考察 追加補足などで紹介しました。
そのような事を知ってか知らずか、1月23日に「また!しんこちゃんだゾ」を放送されました。恐らくは「謎のしんこちゃんだゾ」だけではもとより視聴者に対しての説明や理解が不足しているので話題になる前から続編を作るという話はあったと思います。
今回のしんこちゃんで気になった点を以下に簡単な理由を付け加えて挙げてみます。
- おもちゃの人形がひまわりのお気に入りになっている
- しんのすけもおもちゃに興味を持っている(ムキになっているだけにも見える)
- シロがひろしを起こした(しんこが来るのを察知して吠えたように見える)
- 「ひまちゃんのパパですね」と尋ねる(当然と言われれば当然の気はしますが)
- ひろしとしんこの会話中に画面が細かく切り替わる(何かあるとは考えにくいですが一応)
- 「何年経っても同じ・・・」とひろしの人生を予見したような発言(リアリティーを出す為の偶然の発言とも考えられる)
- しんこが推薦する店「ラベンダー」に案内する。(何か誘導する理由が考えられる)
- 「ラベンダー」と分かりやすい看板が有りながら、ひろしは店名を覚えていない。
- ラベンダー店主はイヤリングをしている(男性がしてもいいが少し不自然)
- 「ひまちゃんはパパが大好きよ。」と先に告げる(確信的に言っている節があるため)
- 「みさえさんだっておに・・・」という発言(呼び方でしんのすけとの間柄が異なるため)
- 「おじさんだって3人の事好きでしょ」と発言(気持ちを確認するような発言)
- ひろしが車に接触するのを防ぐ
- 今回もしんのすけがいない間にうんち雲を発生後にしんこが出現し、シロと仲がいい
今回の回を見て気になる点をいくつかまとめると以下のようになります。(以下しんこを彼女と記述します)
ひまわり的な話題を中心に話を進める。
彼女の発言の主な内容には共通してひまわりが主としての内容となっています。ひろしと会話した時に「ひまちゃんのパパですね。」と言いましたが、「しんのすけくんのパパ」とは言っていません。ひまわりと多く接しているので当然といえば当然という気もします。
「ラベンダー」での会話についても「ひまちゃんはパパが大好きよ。」という発言をまず最初にしています。ひまわり本人であればこそ気持ちが分かるのであり、何度かひまわりと接した程度なのに彼女はこの事をどこか確信的に言っているような節があります。ちょっとした違いですが「好き」ではなく、「大好き」であると言っているのです。
ひろしは彼女とは初対面なのでひろしがひまわりと接する場面を彼女に見せた事はありませんし、ひまわりは言葉が喋れないので好きか嫌いかは態度やしぐさでしか判断できません。実はみさえが彼女に既に2度も会っていて、ひろしの使用している物を握って離さないなどの理由があれば別ですが、或いは野原家の生活を偶然目撃する事も考えられますが、基本的にひまわりがひろしを大好きと思わせる理由は彼女にはあまりありません。
また「お兄ちゃん」と言いかけた部分を「ひまわりのお兄ちゃん」と会話をつなげましたが、「お兄ちゃん」と言うのは家族か別の家族間で兄弟のような付き合いをしている間柄だからこそ言える言葉であり、面識も無く親しくも無いのにしんのすけをいきなり「お兄ちゃん」とは呼ばないでしょう。
「しんこ」は「ひまわり」か
やはり野原家の事情に詳しいのですが、先に説明した彼女がひまわりを中心に話を進める点や「おじさんだって3人の事好きでしょ」と発言したのは、野原一家の絆を確かめたような気がしました。その後「良かった。」と安心したのは彼女が家族の一員であるひまわりだからと考えると納得できます。数日間みさえやひろしと会話を重ねたからといって他人様の家庭を心配をできる人などそうそういないでしょう。
当初はなんの関係の無い冗談のように考えていましたがひろしがプレゼントを申し出た時に「ステキなお家一件。」と言った部分にも話がつなげることができるかもしれません。ステキな家=円満な家庭と考えるのは考えすぎかもしれませんが。
類似点としてはひまわり的であり、しんのすけ的でもあり成長したひまわりを見ない以上は断定はできません。個人的にしんのすけを相変わらず避けている点で現在のひまわりが成長して全く同じ彼女になるかどうかと言う点で引っかかています。今回の放送でも「お兄ちゃん」と言いかけた事もあり彼女の名前自体は「ひまわり」なのは間違いないとは思っています。
しんこは未来から来たか
しんこが未来から来たと言える理由には前回でしんのすけが部屋に入る直前にうんち雲が発生し、消えた事やひろしの事故を防いだ点、ひろしの人生を見ていたかのような一連の発言などがあります。ひろしの将来を予見したかのようないくつかの発言の一つ一つは未来から来たという説得力がありませんが全体として見ると未来を知っているように見えます。長期のローンが残っている事も知ってるようでした。
うんち雲は彼女が自由に出現や消えたりする際には必ず発生します。その点で自由に別の場所へ行き来する能力があると考えられます。野原家が生きている時代はそんな技術はないですし、来たとするなら現在より進んだ技術を持っている未来から来たか別の世界から来たと考えるのが自然です。それに彼女が野原家の内情に異常に詳しい理由も未来から来た事で説明が付きます。
彼女が過去から来た時間移動能力者であると仮定しても、その為に野原家の細かな内情を知るには個人で十分な下調べを行わないといけません。説明が可能な場合もありますが、整合性という点で無理が生じてきます。未来である事の方があらゆるSF的発想の可能性や問題点をクリアしてると思います。
別の未来をたどった世界から来たとすれば必ずしも未来とする必要はありません。しかし現在の野原家は恐らく存在していない気がします。また翻って別の野原家が存在しているかもしれません。でも少なくとも現在の野原家について詳しいのでこの線は除外できる気はしています。
しんことおもちゃの関わり
前回はしんことおもちゃの関わりがよく分かりませんでしたが、なにかしら重要なキーアイテムとして含みを持たせて終了しました。今回の放送でひまわりのおもちゃがお気に入りのおもちゃになっていることが判明しました。しんのすけも人形に興味があるのかムキになっているのか知りませんが人形に執着しています。
おもちゃについては別に気になるところがありまして、ラベンダーの店主がイヤリングをしている点が気になったのですが、前回ひまわりがおもちゃのイヤリングをしていたのを思い出いだし、暗喩的に「おもちゃ」の重要性を示唆したのかもしれません。このイヤリングが必ずおもちゃと限った話ではないのですが。
そのように考えるとラベンダーの店そのものもおもちゃ的な作りをしていますね。またひろしが彼女に対しておもちゃを買い与えようとした時に事故を防いだ点でもおもちゃの重要性はより強まるのではないでしょうか。前回でもみさえが「好きなおもちゃ良く分かったわね」といったり、おもちゃのみを表示する場面があったり、おもちゃの重要性は常に伝えられていました。
以降はYoutubeなどのコメントなどを見て気付いた部分ではひまわりのおもちゃは最後に出てきた絶滅動物のガチャポンが入っているのではないでしょうか。おもちゃを買いに行ってしまった為にひろしが事故に遭遇した場合があったかもしれません。
しかしひまわりのおもちゃが絶滅動物であると考えると少なくともひろしが購入後に事故に遭ったということになり前後がおかしくなります。
もしかするとおもちゃを重要視させる為の我々視聴者に対する小道具程度の役割だった場合もあるかもしれません。ラベンダーを訪れた事やしんのすけが居合わせたと仮定すると実際の順序が多少前後するのかもしれません。
前回では小道具的な意味でおもちゃを注目させる役割があったという気もしてきます。

しんこが出現する背景・目的
前回にもしんこが意味も無く現れる可能性が少ない点について触れましたが、前回と今回の話の中で物語の中で最も意義のあることを考えると前回ではおもちゃ(人形)をひまわりに託すこと、今回についてはひろしの事故を防ぐのが目的だったと考えます。
彼女の背景を判断する材料として前回のさようならと言う言葉で目を潤ませた点や今回では中の良さを確かめたような点などを考え合わせると何らかの理由で将来的にに家族が別れる(生別か死別)ということがあるのかもしれません。
死別と言う事であれば今回彼女が事故を防ぐことができたのでもう出てこない場合があるかもしれません。それでもおもちゃが重要な役割を果たした訳でもなく、人形に意味を持たせるような表現をしていたのでまだ彼女が出てくる機会は用意されているかもしれません。
今回の彼女がひろしの事故を防いだことで彼女の役割は終わったかもしれません。ひまわりのおもちゃについては最後に出てきた絶滅動物と同じ物であると示したのならば、おもちゃを重要視させる必要もなくなります。
彼女がひろしを事故から救った事でひろしが死亡したかもしれない未来は自然と消滅する事になります(現在の野原家の未来と同化するとも)。彼女がひろしが死亡した未来から来たとするなら彼女の存在も消えてしまうでしょう。今回に限りひろしを救った後に雲を発生させずに彼女はいなくなりました。
無数の未来という空間と現在の時間という流れ(空間軸と時間軸と言うのでしょうか)で考えると少なくとも彼女が干渉した野原家と同じ時間の流れの未来からやってきたと考える事も出来ます。
彼女が憂いていたのは実はひろしが事故に遭う現実を知っている事に加えて、未来を変えた結果自分の存在が消えてしまう事を知っていたからではないでしょうか。
しんこがしんのすけを避ける理由
個人的にはしんこがしんのすけを避ける理由として考えたのがしんこ=しんのすけが同じ存在である為に一方を存在させるためか、未来への影響を少なくする為かと考えました。
理由としては無数の未来の可能性を先に示しましたが女のしんのすけもいるかも知れないという仮定や別の世界で同等の存在が会うことも危険が伴うだろうと考えた場合があったからです。未来のひまわりを見たわけではないので似ているからと言って断定できない部分もあります。
個人的にはしんこ=同一のひまわりと断定できない理由になっていますが、ひまわりの線が濃くになってきたのもまた確かな事です。
ラベンダーの意味合い
花にはもともと花言葉があると考えて検索したところ「あなたを待っています・期待・承認・優美・豊香・不信・疑惑・沈黙・私に答えて下さい」という意味があるようです。上記にて家族が将来別れる可能性を示しましたが、「あなたを待っています。」の意味があれば少なくともひろしが生きており、ひろしの側から出て行ったと考えることもできます。
期待と不信という相反するような意味合いは揺れる気持ち、疑惑であれば彼女の存在そのものが疑惑の総合商社です。花言葉自体は無数にあるのでこじつけ的に考えれば別の花でも説明ができるものも多いかとは思います。
またラベンダーを連想させる作品に「時をかける少女」があるようです。小説は読んだ事はありませんが、ラベンダーを想起させる作品として十分認知されているのであれば、彼女が未来から来た可能性を強める意味合いを持ちます。
クレヨンしんちゃんのSF的展開の可能性
クレヨンしんちゃんにはSF的な話の持っていく話などが結構あるようでクレヨンしんちゃん映画 クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶ 踊れ!アミーゴ!ではドッペルゲンガー的な話がありますが、この作品をざっと見たところ偽者は本人のソックリさんで出てきますし、偽装して身近な人間に近づこうとしています。彼女はひまわりとソックリではありませんし、もし前回入れ替わったのならばひまわりが何らかの動きをするはずなので可能性としては除外できる気がします。

生まれることができなかった子供の入れ替わり(流産も含め)、を狙ったと言う話がありましたが、もしそうなら彼女が間接的な兄弟殺しを画策したということになるので可能性としては最も可能性が低い部類に入ると考えます。まぁ面白い発想ではあるのですが。
それ以外の通常放送でももし野原家以外の家庭に生まれたらと仮定した話があります。なし崩し的に野原家に生まれてしまうのですが、しんのすけはひまわりに後から生まれてこいと夢の中で指示、その間にみさえ達が寝顔を見ながらが生まれてきてくれてありがとうと感謝して終わります。
話の流れとしては「自分達が生まれてきて存在する奇跡」「生命の神秘」といった壮大な気持ちを喚起させるものでした。今回もそのような作品であって欲しいものです。

クレヨンしんちゃんは時々リアルな現実を反映したりしてますが、そこまでグロい発想はないとは思いますが。アニメにて製作側の反乱のような事も有りますので可能性はまったくのゼロではないでしょう。そのような話でも少しは救いのある物語にしてるとは思うのですが。
その他にも気持ちの悪い話でフランス人形が出てくる話などもありました。乱暴に扱われてきたおもちゃたちがみさえたちに復讐すると言う話です。日本公共広告機構のCMを思い出す内容でした。
上記の「しんことおもちゃの関わり」に関わる事例だと思いますがしんこがおもちゃに宿った魂とか思念が具現化したものだとするならちょっと人形にしては自由に動き回りすぎで、説得力に欠けるのでこの線も薄い気がします。

ターミネータからしんのすけを救うため未来から風間君が来る話(クレヨンしんちゃんスペシャル 6 (SF殺人サイボーグだゾ)やクレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦・クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズのような例も有るのでタイムスリップや異次元、未来に迷い込む話は珍しくありません。
細かいところで気になる点は有りますがとりあえず、当面の結論としてはしんのすけ的な未来のひまわりで、ひろしを事故から救う目的で野原家に接触していたのではないかと考えています。
そしてそのかわりにしんこの未来は消滅(野原家と同化とも)してしまったのかもしれません。
クレヨンしんちゃんを教育に活かす試み
クレヨンしんちゃんを教育に役立てようとする試みもまた多いようです。海外でも人気の作品で中国語で“小新”(シャオシン)、そのままの読み方でShin Chan(シンチャン)と呼ばれて親しまれているようです。
最近見た記事でスペーストゥーン・メディア、インドで子供向けチャンネル放送開始と言う記事がありKMI(キッズ・メディア・インディア)の代表取締役サンガリ氏はスパイダーマンやクレヨンしんちゃんを教育に役立てたいとしています。
クレヨンしんちゃんは大人に取っては好ましくないと考える向きが少なからずあるでしょう。昔見た場面で性器を使ったゾウさんはやり過ぎではと思った事もありました。結果として元々自分の常識とかけ離れていた情報を戸惑いはしたものの肯定的に見られるようになったのです。クレヨンしんちゃんを見る子供を心配する親御さんも少なからずいたのは想像に難くありません。
子供に対して有害情報を見せないような試みがありますが、あえて臭い物に蓋をするより、ちょっと毒があっても現実的な側面や厳しさに慣れさせる方がよっぽど身になるような気がするのです。第一子供の基準に大人が合わせるなど無理があります。
大人になれば有害と呼ばれる情報に触れる機会は極端に増え、情報を整理しながら心の平衡を保っていかなければならないのです。そういった意味でもクレヨンしんちゃんは子供に見せるにはとても良い作品と考えています。
現実的に則っている所ではネネちゃんはリアルおままごとをやるキャラですが、ネネちゃんが結婚した時の考える回(クレヨンしんちゃんスペシャル 6 ネネちゃんのおムコえらびだゾ)では経済的側面や将来性などを考えています。結婚が恋愛感情だけでなく経済的な面や何らかのメリットを考えて結婚すると言うのはあながち間違っていないと思います。
クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦では戦国時代に行ったしんのすけの目の前で武将が次第に息絶えていく様子を描いています。主人公達と楽しい時期を過ごした後に死んでしまうのです。作品を作る際に悲劇的な感情を高めるのに例えばガンダムとか戦争物だとパイロットが死ぬ直前に家族の写真を見ながら帰還を誓う行為の後に死亡したり、物語の長い期間を通して親近感を持たせた上で死なせるなどの手法を目にします。
ですがクレヨンしんちゃんはジャンルで言えばギャグ漫画です。ギャグ的な話の中にシリアスなシーンを入れる為に深みや面白みが増している部分もあると考えています。大抵面白いと思う作品は落差がある場合が多いです。例えば少林サッカーや北斗の拳のパロディー、子供向けの作品をリアルにするパロディーなど一般的な認識とかけ離れるほど面白かったりします。
みさえの妹にむさえというのがいるのですがこれがカメラマンの夢に挫折して野原家に転がり込んでくるのですが、無職で生活もだらしなく変に自由を気取った前向き発言といいダメ人間全開です。子供が見る作品に出すにはあまり好ましくないキャラと考える場合が有るかもしれません。
普通であれば仕事を見つけろ無駄飯食いだのとか言われて居候身分はよほど肩身は狭いと思うのですが、野原家は割りとおおらかに受け入れています。見ててダメな奴だなと微笑ましく思うのですが立場による差別的な意識を強める物ではありません。子供が見る分にはこういった人もいるのか程度の情報と中立的な意識はできるのではないでしょうか。
私にはやたらに現実離れした浮かれた気分を撒き散らしては情報を対処する能力を育てる機会を奪う方がよほど有害に思えてきます。親や大人が有害情報と言われる物をいつも排除していくことはできません。自主的で物事を考えるトレーニングとその為の情報を与えてくれる作品がクレヨンしんちゃんなのです。