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2016年12月

2016年12月13日 (火)

論理的思考を唾棄して感情を意思決定の主体とする人々の異常性について

陰湿な女性の集団リンチに遭遇!?

職場において集団の女性の陰湿さに叩かれた事があった。

私は現在ある全国チェーンを行っている大手会社の弁当を作る仕事をしている。その中の作業では例えばゴマやふりかけを手で振りかけたり、昆布を計量して盛り付けたりなどおよそ弁当工場を知らない人は高度に機会化された職場と思われているかもしれないが、毎日アイテム数によるが数千数万もの弁当の数々は実は人海戦術と手作業で行われているのだ。

その職場作業の一端で卵を入れる工程があったのだが私の具材の入れ方が悪いと言われる。なぜかと言えば「投げる様に入れている」風に見えるらしい。
むろん卵、特に生卵に近い状態なので一定の納得はできる。
だがしかし実際はそれで割れることはほぼなかったし、また私の責任で割れた黄身も自覚しているだけで数えるほどしかなかったわけで…
、言うほど問題のある入れ方をしていたわけではないのに批判するというのは、こうなると残った理由は好き嫌いということ以外にはないわけで…。
これからも仕事上の付き合いもあるのにこういう突き上げには困ったものです。(--)

たかが入れ方、されど入れ方


私はこの作業をやるなかで単純に入れればよいという作業ではないという事を十分に自覚していた。もちろん自信もあるが論理自体もずれているのが問題だ。コンベアの脇に立って卵を入れるわけだがこれが入れる向きによって全く出来栄えも何度も異なるのだ。見た目をよくするためには白身が飛び散らないのが適切なのだが不思議とコンベアに向いてやるのと後ろ向きでやるのとでは雲泥の差が出る。
また男女間の体格差も意外とある。工場の機械は比較的女性が作業しやすい高さになっているのが一般的で私はやや体格がいい方だが、高さが異なるので卵のリリース手法が異なるのだ。掌に卵をのせて置く様にという説明は受けた。理想としてはその通りだと思う。
しかし、背が高いと低い位置に置こうとすると高すぎるし、実践してもう一度考えてみると傾斜が付く。傾斜が付いたところから卵を落としたら狙い通りの位置に置くことができない。低い位置に合わせておくにはある程度は5本の指で包み込んで落とすしか方法がない。またそれ以外にもコンベアの奥側に卵を置くか後ろ側に流れてしまったものに置くかでも角度が付くので一定の置き方は実行できない状態にあるのだ。
だが、この論を主張してそれなりに認められたら仕事をする立場を追われることになるので、ここは避けねばならない事情が存在する。

論理的でない人々の支配的空気


私が「違う」と説明するには相手は論理的ではないし、一言(ひとこと)でも反論しようものなら、こちらが子供的な不真面目を振りかざしている風に扱われるか、「私語を慎め!」的な空気で封殺されて釈明する余地は与えられない。

こちらは一言であえて「やってない!」と論理的でないがかつ一言で語気を強調する方法を取らざるを得なかった。
「気を付けます」と言えば済むかといえば単純でもない。それは私自身が構築した仕事方法の否定となり、論理的でない。“およそ主観的にそう見える”類の言に従うのは言ってみれば私の矜持(きょうじ)、プライドとか自尊心的な物を損ねる結果となる。
仕事に対しての自負心にダメージを受けると、苦手意識を植え付けられるだけでなく、仕事そのもののモチベーションを大きく損ねる。その結果にあるのは離職の他はない。

環境の悪さをものともしない敵対的嗜虐者


極論ではなくこの仕事は立地条件の悪さや慢性的な人手不足、少ない人員であらゆる作業をある程度分業しながら人ごとに一定の得意なポジションがメインの役割として与えられている。例えば職場のFさんはご飯を計量すのがメインの作業でほかの作業を人員の空きがあれば適宜配置する。
私としては一つ一つの作業にモラルハラスメントでかつ嗜虐を目的とした人々にいちいち“ケチ”が付けられるのは避けたいことでもある。
おそらく狙っての事だろうと思うが公開処刑のような事も多々あった。
職場は温度管理されているどちらかといえば寒い。寒さには厚着対策でしのげているが良い環境とは言えない。
商品のでき自体は悪くないし指摘する論点も「黄身が割れる」よりは「白身が飛び散る」ほうが優先されるので違う。
そもそもわざわざ指摘されるほど私は卵を無駄にしていないのだが・・・、そうなると個人の好き嫌いの問題になるのだがそういった論理矛盾を指摘する余地は前述のとおりあまりない。

便乗する愉快犯的な大阪おばちゃん


一旦はそれで終わったがその後、
普段であれば明朗快活に話をしている作業現場にいた別の大阪出身のおばさんと少し語を話しながらやっていたが、先ほどの「投げ入れる」的な話題を強引に便乗させて今度は「貴方のそういう態度があかんのよ」と言ってくる状態に。また論点が卵の置き方が悪いから「黄身が割れる」から「白身も飛び散る」と置き方に起因する問題点を追加して攻めてきた。私はこう思った「何という卑怯な畜生―(ピー)が!OMG!」

先日私と趣味の話を話しているのを見咎められたせいか攻撃性が増している。ただこの大阪おばさんの性質として面白おかしく話ができる引き出しを持っていて人当たりの良さからそれなりの人気があるのだが敵対する相手に対して愉快犯的な嗜虐心を持っている。倫理観が欠如しているので自分の都合の良い事の話題を“盛る”習性を持っているので、私のように攻撃する対象となればちょっとした失敗を論い極悪人に仕立て上げられてしまうことだろう。
今回がまさにそれだ。全体としての出来は普通か中の上ぐらいで問題ないレベルだったのだががそこを無視して攻撃に転じた。

危険な大阪おばちゃん


この大阪おばさんは職場のおばさんの意識を束ねることが可能である種のアジテーター(扇動者)としての役割を持つ。人の噂話や話題でメシが3杯おかわりできるタイプの人なので休憩時間に他のおばさん連中にある事ない事を触れ回り、ディスカウント行為をしているようだ。
こちらが何に対して心配し怒っているのか、どう思考して窮屈な中で言葉を選んでいるのか忖度せずに「あの子は態度がでかいからあかん」「プライドが高いから受け入れられへん」とか、おおよそ自分たちの責任は抜きにしてこちらが「大人になりきれない餓鬼」のようなイメージを刷り込ませていく。

反論するとこども?、「それは違う」を言わせないのがおとな?


少し横道にそれるが自分で餓鬼という単語を出してなんだが自認もある。しかし、物事はすべからく正しい理論とか真理によって正しく処理されなければならないという強い想いがある。私の人生は中立客観視できない人間からの迫害の連続である。そういった境遇にいるのは私だけではないが、私自身のやり方として言論でもって抗する方法を選んだ。
一見、合点がいく理由を用意して貴方の方法は間違っているというおよそ教条主義的で融通の利かないモラルハラスメントはどこでも横行しているのではないかと懸念する。特に食品会社においては「衛生的である為に」という金科玉条として安易に従業員の休憩時間までも縛ろうということがある。
私の職場は休憩時間ですら帽子を脱ぐことは許されない。
「ルールを守るのが大人である」という刷り込みが世間では一般化しているのだと思うが、「ルール=全てにおいて正しい」という誤解があるために、このルールというものを疑う時期がいくつかの組織や世間では来ているのではないだろうか。
日本人は倫理的意識が基本的にある人々だ。だからルールを策定する側も倫理が高い人であり間違うはずがないと安心しきっていると思う。その点を論じることを面倒だと考えるきらいもあるように感じられる。なにかしら納得できる理由があればそれで十分という事も多いのではないか。
しかし、個人の行動を大きく制約し自由を奪うというルールというものには異議を唱えなければ、豊かさが組織に収奪され続けてしまうだろう。

気になる商品の出来は…

こういった出来事があって、特に白身に関しては出来栄えを重視し、白身の飛び散りについては置き方でなく手に付着することが原因なので白身を落としてから黄身を置くことにした。白身の見た目に関しては普通~中の上から、最低でも中の上以上の出来栄えになった。置き方は高さは同じように低い位置を維持しつつ基本は変えずに行ったが黄身が割れることは、黄身が指で傷つけたり自覚できることを除いてはほぼなかった。
見た目は悪くないので結果としては良い仕事をできた。

当然ならこの陰湿悪女どもはその結果を褒めることはなかったし、吟味して入れ方の問題ではないという事はしなかった。
彼女らは攻撃性においてはディスカウント的嗜虐心で主張するが利益にならない物をわざわざ褒めたりはしないのだ。
エモーショナル(感情的という意味)な理由で動く人間と理によって動く人間の差は結果に出る。
自分のやり方に自信があると思う人はそのやり方で結果を出すことにより批判を覆してほしい。
そして、結果として誤ったと思った時には間違っていたと認める勇気もあるといい。
(ただ多くは嗜虐的な理由なので論理形成と結果が伴えば誤ることはほぼない。その対象が流動的か固定的かの判断もある)

仕事の難易度や働く人間の品位やタイプは異なるが、こういった卑劣な集団への抵抗予防を怠らないようにしてほしい。
大阪おばちゃんのように仲良くできそうと思っても、付き合いにくい出来事が過去にあったなら注意しておこう。
批判される出来事があったら愉快犯的にフワフワと便乗して復讐を遂げようとしてくる。まず人間的にドライかウェットな人間か見定めて対処するのも良いだろう。

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