« 怒り新党に疑問。シチューかけご飯について考える | トップページ | 論理的思考を唾棄して感情を意思決定の主体とする人々の異常性について »

2016年7月31日 (日)

2016年 参議院選挙、都知事選・・・、落選候補の意義を考える

先日の参議院選挙、そして今日都知事選の当選が決まった。
数々の小選挙区・比例候補が多くの票を獲得しながら落選していった。都知事選も21人の候補者からたった一人しか選ぶことができない。
しかしながら、落選した候補者の票が無駄になった訳ではないだろう。

私は参議院選挙では表現規制の防波堤として個人的に山田太郎に投票をした。詳細な得票はいちいち調べないが29万票程度を獲得したとか。
我々は投票行為を行うときには大抵の結果は予想ができていて、過去の選挙の得票数と反対しかしてこなかった野党に辟易した有権者は与党を選ぶのは既定路線としてある。東北大震災や津波が起こった時の旧民主党にガッカリした部分もあるだろうし、パフォーマンスばかりの政治ショーを行ってきた野党と批判されることがあっても堅実な政策を行うことができる与党の差が出た。

増税の失敗から仕切り直しに時間がかかったが安倍さんの功績としては財務省の人事を掌握して、伊勢志摩サミットや海外から経済学者なども呼び増税路線の切り替えを成し遂げることができた。金融経済はよくわからない世界だが黒田日銀総裁を選択し、『黒田バズーカ』、経済対策としての『アベノミクス』というキャッチフレーズで景気回復を主導してきた。企業が業績を上げれば従業員の給与を上げるだろうとおよそ性善説に立ったトリクルダウンは失敗し、企業の内部留保は投稿した現在では確か360兆円に達したという事だったと思うが、すなわち企業は設備投資や賃金に回さなかったからそれだけ溜め込んでいるのだ。成長の見通しがなければ軽々に金を出せないというのは企業も個人も通じる所はあるが企業がそれでは困る。

消費税8%と今後の10%増と見通し不安からの消費意識の低迷を受けていたこともあり「それならば!」と言わんばかりに低所得者への1万5000円の支給というヘリコプターマネーという手法と最低賃金24円を上げるなど政策を打ち出してきた。
日々景気が変化し長い視野でみれば個々人の消費の落ち込みや人生設計を狂わせてきた事を鑑みれば8%増税後の対応はけして素早いとは言えなかっただろう。ただパフォーマンス政党と比較するならスピード感と金融経済対策は現在の与党の方が巧みな手法をとることができる。

舛添さんの件で感情的、エモーショナルな理由で議員を選択、失脚に追い込むという愚を見せたが意思を持って投票することである種の票田が印象付けられる結果となったのではないかと思う。
都知事選においてはすでに数回都知事選に立候補し、監督で詳しくはないが『スコッツボローガールズ』という映像作品や慰安婦問題(売春婦問題の方が正しい)においても英語でスピーチなどで説得し続けてきた谷山雄二郎。在日特権を許さない市民の会の桜井誠も演説と反日在日韓国人と韓国の政治的圧力や贔屓に辟易した層が相当数いることを考えれば思った以上の得票を得られるかもしれない。

よく「組織票」というものがある種の組織や団体が投票されると聞くが、認知されていない浮動票や無党派層の中にも票田となる組織票が存在しているという事ではないだろうか?
組織的な横の繋がりだったり、思想的な繋がりであったり何かしらの繋がりから投票されるものが組織票だと思われるが、新たに台頭してきた組織票はネットによりネットユーザー同士の横の繋がりとネットを活用する政治家や言論人という縦の繋がりも結びつけることが可能になっている。ネットを活用する政治家はそこから票田を獲得したり、ある種の政策というものを俎上に挙げる力を持っている場合がある。

それはおそらくお金もなければしっかりとした権力基盤の上に成り立っているものでもないが、ネットにおいて真理というか正しい事を議論し模索してきたという理知的な部分により醸成されてきた言論空間は相当なものだ。いろいろな情報や分野において有力な論や実証性のある主張が伝播し結合し化学反応を起こして現実の政治活動にまで広がっていく発展を見せている。

主だった政治権力と闘うにはまだ足りないというのが正直なところであるが、
「物言う票田」が台頭してきたという認識が健闘しつつも落選した候補者から受け取られるなら、一定の価値は見出すことができたのではないだろうか。

|

« 怒り新党に疑問。シチューかけご飯について考える | トップページ | 論理的思考を唾棄して感情を意思決定の主体とする人々の異常性について »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1142280/66778658

この記事へのトラックバック一覧です: 2016年 参議院選挙、都知事選・・・、落選候補の意義を考える:

« 怒り新党に疑問。シチューかけご飯について考える | トップページ | 論理的思考を唾棄して感情を意思決定の主体とする人々の異常性について »