« 2015年2月 | トップページ | 2015年11月 »

2015年7月

2015年7月 5日 (日)

新幹線焼身自殺 甘える老人に食いつぶされる日本

新幹線で焼身自殺をした林崎春生容疑者がニュースやラジオ等でも取り上げられている。
焼身自殺をした背景には「どれほどの苦難があったのだろうか」と想いを寄せないわけではないが、一切の同情が出来ない。

まず彼自身は、月12万円の年金という非常に年金生活においては現役世代が羨むほどの年金を受給していたということ。
確かにお金があれば幸せとは限らないし、幸せのカタチは他にたくさんある。しかしそれも十分なお金により生活が成り立ってこそである。

趣味や楽しみがなかったかといえばそうでもなく、パチンコやアルコールなどに金を注ぎ込んでいたとも聞いている。
十分なお金をもらっておきながら己の不甲斐なさを行政に転嫁して(あるいは若者に対する恨み言もあるかも)「年金が少ない」だとか・・・
「甘えるのもいい加減にして欲しい!」

年金の額としては少ないということはなく、辛坊治郎というテレビ業界の稼ぎ頭的な人でさえ、厚生年金の月の満額は20万円丁度だとか。
現在の年金行政は若い人の年金を年金世代に横流しする賦課方式という方法が取られている。現役世代の納付が直接、高齢者の懐に入っている。

高齢者信仰という洗脳

いま年金を受給している世代が「俺達が働いてきた時にたくさん納付したんだから何が悪い」という発言がありそうなものだが。
私の母に対して私が年金の受給格差を説いたところで「今のお年寄りが頑張ってきたからそれだけもらえている」という実態に基づかない感情的な発言をしている始末だ。
そして子である私に対して、年金の高さや年金機構・社保庁の不祥事など現実的な問題を内科のようにスルーして「年金はみんなが支え合って成り立っている年金をまじめに払え」「日本の社会を支えてきたのだから」と言う。

違う
年金については
「少ない現役が支えているのだ、年金受給世代が若者を年金で支えてきた事実は存在しない。ただ食いつぶしているだけだ」。
社会を支えてきたというのはそうだろうが
「年金医療制度設計に失敗し先細りさせた責任はとらないのか?責任も取らずなぜ現役が過重な負担を強いられるのだ」

恐ろしいことに私の母はケアマネージャーという老人の介護計画や相談を受ける仕事に就いている人間だ。介護福祉士など介護の資格は沢山あると思うが、結構地位のある仕事ではないだろうか。
お年寄りが好きで介護をする人も多いのだろうが、この母の例を鑑みて、高度な介護職員の中ですら現役と高齢者への需給バランスにおいては思考停止状態に陥り、高齢者に対して献身的な奉仕者に成り下がってしまうのだ。

お年寄りに最も近く恐らく問題点を把握しているであろう仕事に就いている人間が中核を担っているのかと思うと、日本の医療を含めた高齢者行政は非常に暗いものだ。業界の内側から体質改善を望む声が出て欲しいが、恐らく現場の人間からしたら日々の業務を滞り無く行うことにしか頭がまわっていないのではないだろうか。

私自身ヘルパーの研修に行ったが、研修にもかかわらず非常に排他的で、生ぬるい「お年寄りの方とふれあい明るく楽しそう」といったお花畑発言でも言おうものなら、過不足なく敵意感情むき出しに「そんなものじゃありません」とピシャリと言われてしまう。
では「お年寄りの方は生きているのが辛そう、現場の人は高齢者と自分たちの将来を重ねると気持ちが持たない」なんていえばいいのか。
気の利いたことなんていえないし、業務に対しての“気づき”もその余裕もありはしない。現場の苦労は入ってみないと理解できないから軽々にも言えない。施設の一端を担うベテランにしては明らかに余裕がなさすぎだった・・・。

国民年金保険料開始直後、なんと格安の100円!

これを見て欲しい。日本年金機構の『国民年金保険料の変遷』についてのデータである。
国民年金の制度が始まった昭和36年4月~昭和41年12月の開始時期の月額保険料はナント驚きの100円である。しかも、物価も易い時代であり、高度成長時代、バブル景気など経験し、終身雇用など保証されていた時代を経験している。強かったであろう一国一城の主的なマイホーム信仰や子供を産めよ増やせよの団塊の世代も経済が豊かであった証拠である。
非正規雇用に抑えられ賃金は200万円以下に抑えられ、年金、健康保険、税金地獄。自動車、マイホーム、子供?、そんな時間も責任もお金のかかることに現役世代が気を払う余裕は寸分もない。これが貧困にあえぐ多数の現役世代の現状である。
このままいけば現役世代が年金をもらう頃には受給年齢は引き上げられ、今よりもっと受給額が減っているはずだ。

ただ食欲や性欲というものは厳然として存在しているので、昔とは違う形で欲望を満たす産業に対して金を払う構造ができ始めている。経済的な理由がかなり強いのは間違いないが価値観の変化が起こっている。ただこれも現役世代の懐が潤わなければ商売が成り立たない。
お金がなくても、SNSでイラストを見せたり、ワイワイガヤガヤ馴れ合うだけで楽しいという層が多すぎるのも問題で、対価に金銭を払うという段階を踏む必要がある。インターネット・ウェブ内に無数に広がる精神的感情的なよろこびを満たすサービス群も沢山の作り手の努力によって成り立っているのだ。

年金だけじゃない国民健康保険

高齢者の病院をサロン代わりにしたり、飲まない薬を大量にもらって医療費を高騰させ、健康保険の負担は増えるばかり、健康保険は良いサービスには違いないが医療費の高騰はなんとかしてほしいものだ。

不祥事組織 日本年金機構(社会保険庁)への不信

直接的な出費のみならず、年金を運用しているのが消えた年金問題やグリーンピアなど不正流用を起こした社会保険庁(現在の日本年金機構)が運用していることだ。最近では日本年金機構が大規模な個人情報流出が発生している。

焼身事件の社会的影響

何か事件が起こると、急激に規制を強め硬直がするのが我が国の方針で危険物の持ち込みに大幅な検査や警備等人手を割くことで費用が増大するおそれがある。安全対策には設備投資によって補う部分もあるだろうが、それが出来ない場合は人的な負担として業務が増える事があるだろう。

国民の税金は打ち出の小槌ではない。現在の苦しい経済状況は長い目で見て子孫繁栄の途を絶ち、大きな禍根を残すのは疑いようがない。
現役世代には大幅に税負担を軽くしないと家庭を成り立たせるぐらいの余裕は生まれない。
税金をいいカッコのために景気良く海外にばら撒くぐらいなら、デフレ対策のために役立てて欲しい。

日本政府や日本人はお金の使い方を間違っていないだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年2月 | トップページ | 2015年11月 »