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2014年4月10日 (木)

ネット用語を考える 「www」などの笑いの表現について

日テレの『PON!』で高校生ワードとして取り扱われたそうで、ネット上では番組上で『高校生ワード』と呼ばれている点に少しばかり疑問が生じているようだ。
いつものように「テレビ局の偏向だろう」という見方で片付けるのも良いしすぐに読み飛ばされるトピックではあるが独特の語感が気持ち悪いので思った事を書いておく。

表現上のニュアンスの違い

「www」とか「草不可避」、または組み合わせたり強調して「草不可避www」や「大草原不可避」などに変形させて利用される。他にも「ワロス」、「ワロタ」、「腹筋崩壊」、「飲んでた~を返せ」などもネット関連の笑いの表現がある。しかし程度としてはやはり「www」を使用した場合は無機質で挑発的な印象を受ける。従来の笑いの表現であれば「(笑い)」やネットよりな側面もあるが顔文字でいう「(^_^)」などを表現するのだがここでは印象の違いを考えてみたい。

私自身の個人的な笑いの見え方を人物像などまで含めて掘り下げて見た。笑いの表現でも印象や受け取め方が随分違ってくる。

率直に「www」の場合は非常に軽薄で頭の悪く、笑いの表現に理性的機微がなくオーバーに過ぎる表現だ。想像する人間性では真面目な話でもしようものならすぐに笑い飛ばされてしまうような粗雑で乱暴さ非情さを意識させる。表現としては笑いの表現でありながら無機質で強く直接的な笑い。まるで精神異常者が笑いながら刃物を振り回して襲い掛かってくるような恐ろしさのイメージとダブって見える。単純ながらダメージを与える破壊力を持ち合わせている。
繊細さを尊ぶ人間関係を望む人々からは議論することすら避けられ早々にサジを投げられ、議論にすらならない引き出しの少ない単純思考の持ち主とみなされる。 相手にする必要がないならまだ良い。議論の中にあっては議論の最中に唐突に例えば「何言ってんだwww」など割って入るとなると非論理的な反論によって冷静さを奪われる恐れがありトラブルメーカーとなりうる。人間像としては基本的に不真面目なくせに楽観的に口を挟み、非論理的で暴力的な押しの強さで議論を停滞させる厄介者になるであろうと想像できる。口頭での日常会話では見方を変えるとサービス精神が旺盛に見えなくもないが常に笑いで片付けている印象があるので中身がない相づちという事であれば軽薄な人間に見られている恐れがある。
馬鹿話をして大いに笑い合える関係なら問題はないかもしれないが結局は人間的な引き出しの少なさが露呈すると近い内に人間関係が破たんすると思われる。真性の「www」と言っているのか、挑発や演技で「www」と言っているのかで注意しないと接する人間は痛い目をみるだろう。

「草不可避www」など単語付きで変形したものについては”草”とか”不可避”という単語に置き換えることで幼稚さが強調されている。
というのも”不可避”という単語は日常ではほぼ使う機会はなく、作られた物語や作品であえて緊張感を出すためにあるような単語だ。
例えば漫画、アニメ、小説などで「アメリカの軍事介入によるロシアとの軍事衝突は不可避だ…」などと政治家や軍人に言わせるような性質のものだ。この”不可避”は文語としてしか使用することができないのだが、文章で入力するにしても使いどころが少ない上にさらにオーバーな表現である点が幼稚さを指摘する理由だ。

話が変わるが私は高校時代には辞書を持ち歩くような単語フェチで気になる単語はすぐに調べていた。カタカナ言葉や気の利いた表現がしたい時分には堅苦しいけどカッコいい単語を日常で使う事に憧れを抱いていた。私が当時の高校生であればこの”不可避”というのは非常に合致した単語として間違いなく多用していた。難しい事を言っている雰囲気を醸し出す単語としては「可能性」という単語も非常に使い易かった。とにかく勿体ぶって回りくどい言い回しがしたかった。関係ないが西尾維新の物語シリーズもそういう物言いにあふれていて難しい事が言いたい中高生の子供たちの心を掴んでいるのだと思う。

従来からある「(笑い)」を使う人の印象だと、それほど軽い表現をしないが一方である程度の論理性と謙虚さ、慎重さを持ち合わせており。文章が無機質になり過ぎないよう大袈裟ではないにせよ若干の心配りができる人に見える。文章的な規律としてやや堅実な表現を重視しているので大崩れしない安定感がある文章や反応が期待できる。表現としては「www」ほどより大袈裟ではない標準的な笑いで会話する相手にも少し余裕を残してくれる表現だ。

「(^_^)」などの顔文字の場合であると、やや軽さは残るものの必要に応じてその時の心情を的確に表現するので人間味あふれるやりとりが期待できる。コミュニケーションにおいては感情に対しての比重が高く、感情を表現し感じ取る点が優れている。私のように相手がどのように考えているか気になる人間にとっては一服の清涼剤となる場合がある。ただ使う顔文字の種類や特定の嗜好に偏り過ぎてしまう恐れがあるので考えて使うわないといけない。女性に対する場合に使うと効果的な手法でもある。

まとめ

・「www」→軽薄で乱暴、挑発的。繊細さがない
・「草不可避www」(単語化)→難しい事を言いたい幼稚さを強調
・「(笑い)」(カッコ笑い)→堅いがある程度のバランス感覚と機微がある
・「(^_^)」(顔文字)→感情重視、特定の嗜好変化や効果的な対応も可能だが使用法に注意

独自のコミュニティーや単語を生み出すほどネット文化が発展したのは少しは誇っても良い。ネット文化も現実の活動に反映させて行くことで広まるものも沢山出てくるだろう。
しかし、ネットは欲望の捌け口として発展した部分もあり倫理観が欠けている場合や特定のコミュニティー内に置いては非常に閉鎖的で殺伐としていたり、人間関係の距離感や言語の距離感などが喪失している点が多々見受けられる。今回の「笑い」の表現の受け止め方についても私個人の受ける印象を掘り下げてみたが特に「www」等の表現に関して嫌悪感情が非常にあったことが理解できた。

私にとって「www」を使う人間=いい加減な人間として定義されたが他の人もまた違った印象を受けるかもしれない。
周りの人間からどう見られるかを気にし過ぎるのはバカバカしいことだが、ネット上だけは別のように思いこんで気にしなさすぎるのも大いに問題がある。ネット上でも誰かの犯行声明や殺人予告でもしようものなら逮捕されるのに現実とネットは全く別という事はないのだ。
自由で本音が言えるからこそのネットだが情報の取捨選択や倫理観にはまだ改善の余地がありそうだ。

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