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2009年6月10日 (水)

別の概念を受け入れる必要性

人が生きる意味は始めから存在しない。生物学的な種の繁栄と存続や宗教的に考えれば意味はあるのだろうが、これも後付けで人間が作り出した概念に過ぎない。生きている中で様々な事に努力して、没頭する事で価値のあることを見出しながら生きていく事になる。

人生を生きる上で必要な物は一言で言えばほとんど“快楽”に集約されると思う。その先に楽しい事が待っているから人は生きていける。無くても別に生きていけるが快楽を得られる希望を失った人は長い人生の中で途方も無い絶望感をいだきながらすごす事になる。

私自身が実践できているかは自信が無いが実は快楽を得られる事は見つけることが出来る。いつも通る道端に花が咲いて綺麗に思う、晴れた日に気分が良い、いつも使っている物を別の物に変えてみる、普段と違う事をやってみる、自分にとって色々な引き出しを作って楽しい気持ちを絶やさないようにすれば人生は豊かな物になるだろう。

人生が幸せそうな人と不幸に思っている人の違いはこの引き出しの数と、許容量、物の入れやすさ(吸収力)などの違いではないだろうか。何でもない事を楽しいと思う人もいるのに、人間関係や貧困で思いつめて自殺してしまう人もいる。
好きな物があるなら追求していけばよいが、思ったほど気持ちが満たされないことがある。満たすためには色々な物を入れる必要がある。

生きていく基本は勉強にある。違う考え方や知識を入れたりしながら、新しい発想やアイデアを産み出したりして生きていく。喩えれば欠陥の有るパソコンと言った所だ。パソコンは使っていく中で色々なプログラムをインストールして利用する。利用していくと欠陥が頻発するので整備が必要だが、新しい物を作り出せる可能性は常に持っている。
でもまずはパソコンに何か入れることが出来なければ始まらない。無から何かを創造することはできない。既存の物を活かして創造を繰り返すのが普通だ。

別の考え方を拒絶する人はよくいる。正当な理由があり考え方を退けるならまだ分かる。しかし、ただ押し付けのように感じ不快だから、自説を曲げたくないから、嫌悪感があるから、と何でもかんでも感情論で退けることしかしない人に対しては機能不全を起こしているとしか言いようが無い。ハードディスクに不良セクタが発生しているようなものだ。

拒絶する事ばかりでは何もはじまらない。新しい概念を受け入れるだけの下地を作っておくのは誰にとっても損な事ではない。許容できるように物事を吟味する事も覚えなければならないだろう。

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