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2009年2月28日 (土)

クレヨンしんちゃん 『またまた しんこちゃんだゾ』 考察 (2009年2月27日放送)

前回のしんこちゃんの記事はこちらになります。
通常のクレヨンしんちゃんは一話完結ですが去年から3度も回が続くのは珍しいですね。製作スタッフのテロップが最後に流れますが、どの作品でも脚本を中弘子さんが担当されています。Googleで調べたところ『ガタピシ』・『陽あたり良好!』・『D・N・ANGEL』・『きんぎょ注意報』・『魔人英雄伝ワタル』などその他色々な作品で脚本をされているようです。

今回見て個人的に気になった所は以下になります。括弧はそのように考えた簡単な理由となります。

・不特定多数の人間としんこが接触している(未来から来たと仮定すれば軽率で気にする様子もありません)
・未来を知っているかのような発言をするしんこ(同上)
・しんこが登場する場所の近くにはトイレがある(公園や人が集まる所なら大抵はありますが一応)
・トイレと思われる場所から画面がズームアウトする(下記画像①参考 位置関係など分かりませんが恐らくトイレでしょう)
・排泄する場面が多い(この作品では日常的ですが、幼稚園に遅れた主な理由の一つです)
・おもちゃの露出が少ない(前・前々回の作品と比べてあまり重要には見えませんでした)
・「過去の女は忘れて」発言をするしんのすけ(彼らしい自然な発言ですが、一応はしんこの話題に関連していそうです)
・しんのすけの絵を注視するしんこ(意味ありげな場面が気になります。)
・前・前々回と同様しんのすけと似た発言が目立つ(今回は園児達との会話でしんのすけらしさがかなり出ています)
・前・前々回と異なり言い間違えがない(園児らとの会話でも言葉を選ぶ様子がないので)

※・みさえの「あたしだよぉ~」発言(関係ないと思いますが芸人のにしおかすみこのパロディーのようです)
画像①(左は映画『クレヨンしんちゃんヘンダーランドの大冒険』:右は今回の作品)
snapshot20090228005911

まとめると以下のようなことがあります。(以下文中でしんこを彼女と記述します。)

今回のしんこの目的

少なくとも前回ではひろしを助ける為と言う説明ができました。しかし今回に至っては大きな意味が感じられる分かりやすい出来事は殆どありませんでした。

彼女が今回やってきてやった事と言えばいきなりしんのすけの幼稚園にやってきて遊んで、そして園児達に疑念を残して去っていただけです。大したことはしていませんが、特にしんのすけの絵に興味を持っていた場面は気になりました。見ただけで多分持ち帰ってもいないでしょうし、ただの絵にすぎません。無理やり無茶な設定を考えれば絵に特別な価値を持たせられますが、自分の作品でなければ行き過ぎは邪道でしょうね。いえ、返って邪道的の方がいい場合もあるのかもしれませんね。

絵を見ることのみで良ければ絵を描いたしんのすけに特別の感情を持っていたために注視したのだと思います。しんのすけと会う機会は当然なかった彼女は一体何を思いながら見たのかと思います。

立派な目標があるのではと考えてしまうと簡単な理由で来た可能性が考えられなくなります。意外としんのすけの作品を見るついでに幼稚園を楽しみたいと言う気持ちでやってきたなんてこともあるのかもしれません。

トイレの関係

いつものようにしんのすけはバスに遅れます、ひまわりも便意をもよおすのも珍しい事では有りません。しかし、今回はただの生理的現象だけではなかった気がします。偶然が重なった事も考えられますが、そういえば1話目ではトイレの水が流れるとで姿を消していました。おかしな場面なのに結論づける機会を逸していました。2話目でもトイレの音がして現れましたし、3話目だとトイレの音がしてから出てくることはないものの彼女自身がトイレに行ったり、排泄に関する表現も多かったです。
トイレに関連する表現を3話も続けてきたのは偶然ではなく必然であり有力な共通点となるでしょう。最後にトイレと思しき場所からズームアウトしたのは重要性を示す効果がありました。

タイムパラドックスについて

Wikipedia:タイムパラドックス→時間旅行による過去の改変により現代の事象も影響を受けること。

時間移動するには過去に戻ると過去を変えてしまう危険性を考えて、過去の人間に会わないように未来人が気遣うのをどこかの漫画で読んだ覚えがあります。彼女は幼稚園に来てわざわざそのような危険ともとれる行動をとったのは何故でしょうか。
作品を作る事を考えると未来人が過去に影響を与えると未来が壊れると考えると作品としては物語の広げようはなくなり、逆に運命を切り開いてくれる物と考えたほうが考えも広がりやすいのではないでしょうか。
相変わらずしんのすけと会うことがありませんがそれほどに影響を神経質に捉えない方向で作品が進んでるのではないかと思います。

しんのすけの孫や子供などは可能性は別に考えていた所がありますが、自由度が高いとなると可能性は高まります。以前読んだ『パタリロ!』と言う作品ではパタリロの孫や先祖は髪型や服装の違いだけで姿かたちはそっくりでした。性格も小銭集めまでは似てるかは分かりませんが、そこそこ似てたかもしれません。もっと単純で良いなら『おそまつくん』みたいに大量生産してもいいでしょう。
今回彼女はしんのすけ的な傾向を強めた事もありそこまで行かないのではとも思ってもいます。少し話はずれますがしんのすけらしいと断定できる部分では風間君に息を吹きかけたり、耳をあま噛みすればよりしんのすけである決定的な理由となったでしょう。

詳しくはないのですが『ドラえもん』でも未来から来たネコ型ロボットやのび太の子供や孫達が出てきます。無数に有る漫画やアニメの中で過去に関わる出来事はあったはずです。と言いいますかドラえもんは積極的に過去を変える目的でやって来ている訳ですが。作品によって影響を考えすぎない物もあったりするようです。

作品を作る側は少なくとも見る側を考えて作品を作ると考えています。クレヨンしんちゃんが広く親しまれている作品である以上は極めて一部にしか分からないヒントや表現は避ける場合があるかもしれません。ですので極端に一般とかけ離れすぎることはないのではないでしょうか。この辺は作り手のバランス感覚によるんでしょうけど。
クレヨンしんちゃんはその点で親しみやすく色々考えるには良い作品だと思います。

演出上の観点

  押井守監督はラジオで演出は“引き算”(いくつかの例えの一つ)と言っていました。演出家は色々な演出を作品に盛り込みたがると尺が足りなくなり作業量が増えるので必要の無い演出はどんどんカットしていくとの事です。銃を抜いて決闘するシーンや容疑者が取調室で尋問を受ける場面などを例に用いて説明していました。 確かに銃で決闘する場面を考えてみると動きをスローにしたり、アクション一つを細かく描いたり、視点を変えたりと1秒間を10秒にする事だって出来ますね。 そう考えるとしんこの動作の数々は演出に分類されるのではないかと思います。

昔は無駄が多く情報量をあまり詰め込めなかったと言う事を言われていましたが。あらゆる作品の演出や定番の設定などにより演出量が軽減されたと言う事は実際あると思います。
例えば何かの作品で両手の人差し指を舌につけて頭の上でクルクル回すと『一休さん』のパロディだと分かりますし、格闘家が「あたた」と言えば『北斗の拳』とかブルース・リーのパロディだと分かります。剣士が対決して同時に一閃した後どちらかが倒れるか体や衣服に切れ目が出来て時間を置いて血しぶきを発生させたり、遺言を語らせたりと想像できたりします。
断崖絶壁で男女が話し合いの場面を見ればそれがサスペンス番組で、被疑者が犯罪を自白してそろそろ警察がやってきて逮捕されるか、自殺しようとするかもと考える事が出来ます。そこで安っぽい命の尊さを説くのもいいでしょう。
視聴者側もいつのまにか色々な演出の蓄積が出来ているおかげで演出の手間が省けるわけですね。

単純に考えて演出が意図する意味に導けなければでは演出とは言えないのでしょう。逆に関係の無い演出を連続する事で結末に到達させない演出もあるのではないでしょうか。話が変わりますが、過去実際にあった『三億円事件』では多くの意味の無い遺留品を残す事で決定的な証拠を見誤らせたと言う事があります。作品ではありませんがこれも演出という点で成功をおさめた例ですね。

今作でももちろんそのような演出的な意味を持たせるために意味ありげな映像表現をしていると考えてよいでしょう。しんこちゃんの話はしんこちゃんの正体を明かさない事で視聴者を引き付ける目的があるのだと思われます。作品中に意味のありげな表現を多く含ませる事で作品を盛り上げているのかもしれません。

正体を“謎”にして魅力としている作品と言えば、特撮物で窮地を助けてくれる謎の戦士だとか、『機動戦士ガンダム』のシャア、また少し種類が違いますが『水戸黄門』の水戸光圀、『美少女戦士セーラームーン』でもタキシード仮面、キャッツアイの怪盗姉妹などがあります。
前者であれば正体を判断すると生き別れの兄弟、クローン人間、サイボーグ、いつも喧嘩している知人等が思いつくのではないでしょうか。後者については見る側にとっての説明の必要はありませんが作中で正体が判明した時に何かしらの波乱を期待させます。
このように“謎”と言う部分を魅力的に見せるにもそれが“見る側に対して謎”なのか“作品の人物に対して謎”であるかで盛り上げ方は違ってくるようです。直ぐに思いつけばそれほど定着している演出方法や設定ということが言えると思います。

しんこちゃんに対しての多くの人が抱く最もな関心事は彼女の正体ですから、彼女の素性を判断する演出が行われている筈です。その点に限れば不可解な言葉やいかにも既知のように未来の発言を連発したり、野原家との接し方で彼女がどのような立場にあるか判断できます。目的を判断するにはしんのすけの絵を見る場面や作品の結果・場面の見せ方など、手段を考えるとひろしを喫茶に誘導したり、雲の出現やトイレの描写に分けることが出来ます。

分類方法として5W1Hで分類すると正体・出自(誰が)・目的(何を・どうして)・手段(どのように)・時間帯(いつ)・場所(どこで)のように相当すると思うのですが、場面のひとつひとつをどのように分類するかで整理する事ができるのではないでしょうか。分類できる項目も多いのでこの際一々細かく分類はしませんが演出方法を考えてみるのも作品の伝える意義を見出す方法ではないでしょうか。

次回予告に見る予想(3月20日更新)

3月13日の放送の予告にて4月3日の放送のシーンをいくつか見る事が出来ました。以下の次回放送の予告などを参考にしながら次回の予測を立てて見ようと思います。

クレヨンしんちゃん3月13日放送予告


またテレビ朝日のクレヨンしんちゃんの公式ページではこのように書かれています。

さいごの?しんこちゃんだゾ

突然しんのすけの前に現れた、謎の少女しんこちゃん!
しんこちゃんは、ひまわりが野原家の子供ではないのではと言い出し、
しんのすけと一緒にその真相をつかもうとする……!?

いくつか注目する点は以下になります。括弧は個人的な気付きなどです。
3月13日の予告(下記画像②参照)
・しんのすけとしんこが会っている(しんのすけと会う事自体に問題は無いと思われる。)
・雲が発生している場面が映る(トイレのある場所の近くであればトイレから出てきていると考えられる。)
・しんこが悲しそうに話をしている(シリアスな展開を予想させる。)
・おもちゃの場面が映る(おもちゃの重要性に含みを残している。)
公式ページ
・「ひまわりが野原家の子供ではないのでは」説明文(ひまわりに対して何かを知っているが確信的ではない。)
・「しんのすけと一緒にその真相を~(中略)~」説明文(しんこも真相については詳しくない部分がある。)
・“さいごの?”タイトルの付け方(終わるようでいてまだしんこちゃんの話が続くような含みが若干残っている。)

画像②
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3月13日の予告では重要な場面が出てきますが、悲しそうなしんこの様子は何か重大な出来事を知っていると予想できます。真面目なフリをして実はボケを狙う事もクレヨンしんちゃんには有りますが、今回は長く回が進んでいる事も有り多分シリアスな場面だと考えてもよさそうな気がします。おもちゃの重要性の余地もまだ残させているようです。

公式ページの説明では物語に重要な文言が並びます。ひまわりに関連する出来事で、しんこは或る真相について何かを知っているが完全に知っている訳ではない。しんことしんのすけの協力が予想されます。
ひまわりが野原家の子供ではないと言うのはどこから来るのでしょうか。みさえがひまわりを生んだ記憶が間違っているのか、改ざんされているのか、分娩で取り違えられたのか、誰かに赤ん坊を取り替えられたのか、それとももう少しスピリチュアルな意味で中身が違ってしまっているのかなど、いくつかの種類が考えられます。

しんこが時間を移動できる能力があると仮定すると過去に戻って自分で見に行く事ができます。真相を知るだけなら野原家と関わる必要はありません。それでも野原家に関わろうとするのは野原家の協力がなければ不可能な出来事があるか、しんこの心情的に野原家の人々に会いたいという想いも少なからず有るのではないかと思います。

細部にこだわらず個人的に少し大胆な予想をしていくとしんこは本当は生まれるはずだったひまわりであり、今のひまわりと本来のひまわりが入れ替わって育てられてしまう事態が発生したのではと考えます。(病院側の失敗や意図して取り替えたなどの人為的な事例か霊的・精神的な理由で間違って生まれてしまったかのどちらかではないかと考えています。)
未来から来たひまわりというのが定説化していますが、ただ個人的に違う点として現在とは別のひまわりではと考えているので、別の未来から来て、家族構成も違うかも知れないひまわりではないだろうかと考えたりもしています。
「おつむ入れ替える」と言う場面を指摘されていた方がいたと思うのですが、しんのすけが別の回で同じ事を言うのを見たような覚えがあり、演出上のヒントとうがった見方もできますが、普通に考えられる線としてはしんのすけのギャグの延長として捉える事柄ではないかと思います。

しんこが来た目的は回に分けて便宜的に仮定して考えると
“おもちゃ・事故・しんのすけの絵を見る事と様子見・ひまわりが野原家の子供ではない真相を探る”
と言った目的が考えられます。これらの回での出来事は個別の事柄であるものの多くは最終的な結末に繋がっていると考えられます。それぞれの理由を少し考えて見ます。

個人的におもちゃの役割はそれが特別な機能を持っているか、重要な出来事のきっかけを作る道具になるのではと考えています。ひまわりのおもちゃと事故に遭う時に買おうとしたおもちゃが同じ物と考えると話がまとまりやすくなります。 
おもちゃとガチャポンのサイズ的な誤差は最近のガチャポンの種類の多さやクレヨンしんちゃんの作品の性質が分かっていれば説明は不要になります。確かクレヨンしんちゃんの別の回でしんのすけがかなり大きなジャンボチョコビを食べていたり、みさえの頭ほどの大きさのあるスーパーカップを食べていた事があると記憶しています。

しんこがしんのすけの幼稚園に来た理由は不明ですが、ただしんのすけの友達に会いに来ただけだと作品全体の繋がりが希薄になってしまうので、しんのすけの絵や友達と接する事で何らかの事実確認を行ったのではないかと考えられます。この時しんこはネネちゃんに対して変な様子を見せていたので、4月3日の放送との繋がりを考えるとネネちゃんの桜田家と野原家と間違って生まれてきたという予想も成り立つ気がします。前回のしんこちゃん考察でも触れていますが、しんのすけ達が別の家族に生まれたらと仮定した話が実際にありました。

4月3日の放送でしんこが現れる目的についてはしんこの話がこれで結末を迎えるとするならば、もう答えが出てしまうので、これまでの放送の中で与えられた情報を取捨選択して考えてみる他は方法がないでしょう。

『さいごの? しんこちゃんだゾ』のについて(4月3日更新)

前回の予告ではひまわりが野原家で無いのではという衝撃の内容だったのですが、どうやら彼女の思い違いでそのように思ってしまったようです。とかく母親の叱り方は過激になりがちなものです。小さい時なら愛情を疑う事もあるんでしょう。彼女の目的は愛情を確かめる事にあったようです。今度は成長したひまわりが赤ん坊のひまわりに会いに行く事でしょう。

別の展開を予想していたのですが子供ならではの素朴な理由と言う事には気が回りませんでした。それはもう未来の危機に関連する事やしんのすけと共に未来や過去を行き来するちょっとした冒険物語だったりとおよそ希望的観測を盛り込んだ事など考えていたりしました。気になる所など何箇所も有り、長じれば別の話はいくつか作れる気がしました。今回はいくつか解消できない疑問点が残りましたが、なかなか良い終わり方が出来たのだと思います。

ひまわりが帰るしんこに人形を投げ返してしまいますが、ひろしが人形を買ってきてくれたことで未来のしんこ(もうひまわりと断定して良いでしょう)に繋がっていきます。トイレから出る場面については水場から出てくる事も一応考えていましたが、これも今回でトイレから出てくる物と断定して良いでしょう。

クレヨンしんちゃんも放映が17年と長いですね。放送当初の不安をよそにいつのまにやら国民的な作品になったものです。ここは是非ともサザエさん並に話が続いていって欲しいものですね。

今回は話のまとまりも良く謎を残した状態で終わったかと思っていたのですがまたしんこちゃんが出てきたようです。考察と言うほどではありませんが少しばかり気付いた点などについて考えてみました。拙い文章ですがよろしければご覧ください。

 クレヨンしんちゃん 『しんこちゃんたびたび登場だゾ』考察(2009年10月30日放送) 

 

 

 

 

 

 

 

※せっかくなのでその場の勢いで展開を予想した下手な絵を描いてみました。自分が考えたイメージとちょっと違います。ゴミ取りもなにもなしです。微妙な表情はちょっと難しいですね。適当に気が向けば適当にご笑覧ください。世の中はそこそこ適当が良いのです。実際そうだと思っています。はい。
miraikikizikuikikau

 

 

 

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コメント

初めまして。いくつかあるしんこちゃん考察の中でもここの考察はとても興味深く、楽しく拝見させてもらってます。
少し気になったので以下私の考察を少し。
皆さんしんこちゃんの事をあれこれ考えていますが、私的にはもう少し単純な気がしますね。
まずしんこちゃんが何者かということですが、ひまわりの未来でいいかと……
作中にそう示唆させる事が多いので。
今回も最後にしんこちゃんが消えた際、画面が消えた時にひまわり組の表示が映し出したり。しんこちゃんの言動もそう思わせるものが多いですしね。
しんこちゃんが現れる時にトイレの流す音。ここからしんこちゃん水子説が出ましたが、これはクレヨンしんちゃんですからね。トイレがしんこちゃんの未来からの移動手段かと思われます。
これは先日のしんこちゃんが現れた際野原家に雲が出て幼稚園に移動したことから判断しましたね。
う○こ雲はしんこちゃんが現れた証拠。
しんのすけがトイレを流すことで現れ、その後幼稚園移動。
しんこちゃんの目的はまだ解りかねますね。これについては本当にいろいろ考えられますので。
これからの物語に期待ですね。

以上が私の考えですが、いかがですかね。
また考察楽しみにしてますね。

投稿: まる | 2009年3月 1日 (日) 16時45分

まる様コメント頂きありがとう御座います。
先に述べました個人的な内容など交えてコメントいたします。

個人的に未来のひまわりと断定出来ない理由ですが、未来のひまわりの成長した様子が分からない、比較の対象としてはしんのすけ的な部分が多い、子供の扱いに手馴れていたという部分があります。
ひまわりらしい所も何箇所か散見されましたがしんのすけらしい所もあるので名前がひまわりというのは確信的に考えていますし、未来から来たとも考えていますが現在のひまわりと同じひまわりかは断定しかねています。私的には未来のひまわり(しんのすけ的)といった具合になります。
トイレの重要性は3回目に達してようやく可能性の段階から確信的な証明となったのではないでしょうか。最後辺りの場面がそれを現しています。
文章でも述べていますがしんこが現れ消える際に一部を除き雲を発生させています。

水子=水(トイレ)から現れる子供と言うのは面白いですが少し、いささか安直であるのと、水子に結び付ける理由としてはその理由だけでは少し弱いと考えています。『水子』という概念も一般に広く定着している言葉ではなく、定義や性質も不透明な感じで説得力に欠ける所はありますね。あと未来から来たという説明はつきにくくなるかもしれません。
可能性としてはその可能性はまだ残されているとは思います。

私も思いがけずこのような機会が得られました事で少しばかり気分がうわついております。
製作側はまだしんこちゃんを引っ張る気がありそうな感じですね。今後もしんこちゃん以外でもクレヨンしんちゃんには期待して行きたいですね。

投稿: ASH1803 | 2009年3月 1日 (日) 18時11分

返信ありがとうございます。
また来てしまいました。
確かに未来のひまわりと断定はできないですがしんこちゃんがひまわりと言う存在である可能性は極めて高いかと。
水子に関してはちょっと言葉足らずでしたね。
私としては水子の可能性はないかと。
トイレ=水子と考えた人がいましたが、私の中ではトイレは移動手段(未来、パラレル等からの)故に水子ではないと思っています。
そもそもこのクレヨンしんちゃんという作品で水子を題材にするのはちょっと……
まぁないとも言いきれませんが。

投稿: まる | 2009年3月 2日 (月) 14時30分

まる様サイドのコメント有難う御座います。

そうですね。トイレから出入りして、その前後で雲が発生する出来事は移動する際の一つの現象としてセットで考えて良いと思います。
水子についてはクレヨンしんちゃんという作品である以上は内輪ネタや一部にしか分からない事をやるとは思えないのでそういった意味でも必ず無いと否定できませんが無いような気はしています。
ひまわりになり代わると言うような少し際どい目的でなければ感動的な結末は用意できるかもしれませんね。

投稿: ASH1803 | 2009年3月 3日 (火) 20時01分

気になったので一つ。
私が思ったのは、この話ではカザマくんとしんこちゃんの接点を暗示している気がします。
まず、
・カザマくんはしんこちゃんの事が好き
もしかしたら将来お付き合いしてたり?…っていうのは言いすぎかもしれませんが、何かしらありそうです。
確定は出来ませんが、もしかしたらラベンダーのマスターはカザマくんなのかも?
・最後にカザマくんがくしゃみをしている
これについては何とも言えませんが、一般的にくしゃみは誰かが噂等をすると出るとか言います(アニメでは良くつかわれません?)
とにかく、彼が未来で何かある…という事を暗示しているのでは無いでしょうか?

しかし、私的にはやはりカザマくんとしんこちゃんに何かしら伏線を張っている…というのは間違い無い気がします。
何か間違いや思い違いがあるかもしれませんが、ご参考までに。

投稿: | 2009年3月 7日 (土) 18時04分

コメント頂き有難う御座います。

そういえば風間君はしんこちゃんに一目惚れしていましたね。しんこちゃんからは風間君に対して特別な感情があるようには見えなかったのですが、風間君を見ているのかと思う場面でも後ろのしんのすけの絵を見ていたようです。
マスターが風間君という理由は今の所は見当たりませんがそのような設定を盛り込む事もできるかも知れませんね。

クシャミについては噂話をした後それほど時間を置かずに「誰か噂話をしてるな~」という話はよくありますね。私はあの場面を見たら“風が吹けば桶屋が儲かる”と言う言葉を思い出しました。(ちょっと前に私がナイトスクープで見た事でも有ります)
もし意味があるとしたら個人的にはちょっと分かりにくい気はしますね。私の知識不足なだけで他にも色々な言葉が連想されるのかもしれません。

クレヨンしんちゃんの作品を見ていると分かるのですが風間君はしんのすけと口喧嘩したり、弄られたりしていますが色々な意味で相性が良い関係です。
個人的にしんのすけらしい行動などが目立っている事もありしんのすけがもし彼女のような女の子であったなら意外と惚れる事もあるかもと思ってみたりしています。

風間君がしんこを「かわいい」と言って他の友達が驚いたのを見ると風間君の感覚は他の友達とはちょっとずれているようですね。

投稿: ASH1803 | 2009年3月 8日 (日) 12時16分

ひまわりが生まれてまもないころに、春日部防衛隊は、しんちゃんの家に集まり、ひまわりと初めて接触した時があります。
その時風間君が一番ひまわりを「かわいい」
と思っていたと思いますし、ひまわりが風間君のとこに、ハイハイで抱かれに行った時もあるから、きっと風間君がしんこちゃんの事を好きなのは、ひまわり=しんこちゃん だから、しんこちゃんが好きなのだと思います。

投稿: シリウス | 2009年3月13日 (金) 21時31分

シリウス様コメント頂き有難う御座います。
そのようなエピソードがあったのですね。風間君とひまわりが一緒に出るのは意外と珍しい事に感じてしまいます。
その時に風間君が赤ん坊としてかわいいと思ったのか恋心に近い感覚でかわいいと思ったかについては見て見ないとなんともいえないところがありますが、風間君は男前なので面食いのひまわりが懐く事は十分にありそうです。
最近クレヨンしんちゃんの放送の間隔が空く事が多いですが、またしんこちゃんの回が放送されるそうです。今後もしんこちゃんともどもクレヨンしんちゃんには期待したいところですね。

投稿: ASH1803 | 2009年3月14日 (土) 19時05分

もっと単純かもしれません
しんこちゃん本人が「暇な子供のしんこですぅ」と言っている
ひまな子=未来ヒマワリの子供(娘)とも考えられます。
しんこちゃんの表情、前髪、骨格、容姿などあいちゃんにそっくりなんです。
これが1点目

ひろのすけの妹(未来あいちゃんの長男)=未来しんのすけの第二子(しんちゃんが娘に
自分の名前を与える)とも想像できます。あいちゃんはしんこちゃんをみて「不思議ですわね他人と言う感じがしませんわ」と言ってるシーンがあるから関連ありそうです。
これが2点目

そして最後の3点目は
しんこと言う名前の近所に越して来たばかりの女児で
未来ごっこというお遊びが大好きな少女とも考えられます。
案外声優と巻き髪と言う共通点に踊らされている感じもありますが髪の色も
前髪も全然違いますしヒマワリは20歳になっても前髪は巻き髪のままにしてます。

投稿: | 2010年12月20日 (月) 12時16分

コメントいただきありがとうございます。
元々作られた話なので正直言えば可能性を挙げればキリがありません。
設定などは後付でいくらでも考えられますから。本当の所は作り手の気持ち次第ですね。
たとえば未来のSF的展開など持ち込みすぎると何でもありです。
クローン人間や遺伝子操作、異性人との戦争とか時間旅行だとかありますね。
今回の作中で出てきた犬と話せるわんやく機などはそういったものです。

それでもあくまで現実的な範囲内で考えられる部分があるわけです。
一応当ブログではそういった部分に配慮しながら考えうる範囲内で文章を書きました。

1点目からお答えしますが“ひまわりの子供”という設定が後で活きるならその設定もありだと思います。
あいちゃん自身がしんこと似ていると言った理由は分かりませんが、しかしその後でしんこがしんのすけをお兄ちゃん(辞書で“おに”と調べるとこれ以外にありません)と言いかけました。
「ひまな子供の~」と言う部分なども考えるとしんこが野原家でどのような立場にあるか分かるのではと思います。
それと元々絵がシンプルなので絵の雰囲気で似ていると捉えられるかはちょっと分かりません。Photoshopでネネちゃんやしんこの画像をいじれば簡単にしんのすけになってしまうのですね。

ひろのすけというキャラはよく分かりませんが2chでコメント例が少しあるぐらいで、作中や公式の設定が分からなければ信憑性が物足りないですね。
しんこが近所に越してきた場合も野原家について異常に詳しい点があったりそれだけでは彼女の行動や発言は説明できないでしょう。
しんこちゃんの後の映画のひまわりは前も後ろも巻いているみたいですね。しんこも後ろ髪が巻いていましたが同一人物かと言われるとちょっと分からないですね。
髪形を変えたり髪の色が変わるアニメや漫画の作品もあるのかもしれませんが、ひょっとするとひょっとするかもしれませんね。

投稿: ASH1803 | 2010年12月20日 (月) 21時35分

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